コロナ禍で野焼きはできませんでしたが、炭化焼成で焼きあがりました。
今年は、赤絵に挑戦しました。
準備、手順が大変で、神経を使う難しい赤絵技法に挑戦。
カップとお茶碗を作ります。
2018年11月10日(土)黒田フェスタで展示発表。
綺麗に工夫をされた陳列でした。
今年も縄文野焼きに挑戦しました。
何度も経験したので、やり方もわかってきたのでよい野焼き作品ができそうです。
順調に焼けました。
H28 津市黒田小学校
縄文期の人々は、植物が再生する仕組みを持つことを理解していた。
動物も、人間もまた同じように再生する仕組みを持つことを理解するようになる。
縄文人の寿命は50歳位で、子供は4~5人生まれるが15歳までの生存率(せいぞんりつ)が50%と厳(きび)しい時代だった。
生きる事、食べることさえ厳しい時代に、元気な赤ちゃんが生まれるようにと祈り願う気持ちは現代より切実(せつじつ)だったに違いない。
その願いを神様に伝える道具として、赤ちゃんを産む女性の土偶を作った。
土偶は人の再生(誕生)を祈る目的なので、まさに、まじないなのだ。
縄文土器にも願いがこめられている。
土器の紋様(もんよう)には意味がある。
穀物(こくもつ)を保存する土器には、へび(特にまむし)が守り神として登場する。
穀物(こくもつ)を狙うネズミの天敵だ。
中に入れる穀物を外敵(がいてき)から守る意味で、へびは五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願う呪文(じゅもん)のような存在だった。
紋様は文字のない時代の伝達方法でもあった。
次の世代に伝える記録でもあったらしい。
価値観と生活観をイメージした表現でもあったらしい。
土器の紋様もまた、まじないなのだ。
しかし、話はこれから。
縄文時代には豊かな森と海があった。
森では、木の実がなり、虫がいて、虫を食べる鳥やトカゲがやってくる、またそれを食べる動物がやってくるとまたそれを食べる獣たちがやってくる。
というふうに食物が循環(じゅんかん)する。
縄文人は、いろいろな自然の循環の仕組みを理解していて、より豊かな生活をうまく作り出していたらしい。
たとえば、生い茂った森は、下草を刈り、太陽の光が入るように木を切ると、生い茂ったままよりもはるかに豊かなコンディションとなり多くの生き物が生息(せいそく)するようになり、自分たちの食料が得られる。
現代でも変わらない手入れの方法だ。
この循環を壊すと森が荒れ、生き物のバランスが崩れ、結果、食物が不作となり、生活が維持できなくなることを経験してきたのだろう。
森は命の糧(かて)なのだ。
私たち人間が自然に手を加える事でより豊かな環境(かんきょう)を作り出す。その結果、人間も他の生物も食料を得る事ができるのだ。
縄文期の人々は、そのようになる仕組みを作ったのは、神様であり、すべての物は神が作ったと信じるようになった。
なので、万物に神が宿っていると考えたと思う。
また、
地震や水害など災(わざわ)いが生じると神の怒りに触れたからだと思い、
災いは神の祟り(たたり)としてふりかかると思った。
祟りには抗(あらが)いようもなく、畏(おそ)れ敬(うやま)いながらも受け止めていたのではないか。
さて、
縄文期の1万何千年もの間には調査研究から、戦の(いくさ)の跡が見つかっていない、殺し合いがなかった時代だったそうだ。
戦争の痕跡は弥生期に入ってからだそうだ。
戦争が起こらなかった理由は、縄文期の人々が、見事に自然の循環を維持していたので争う必要がなかったのだ。
だから、弥生時代からは、何かが壊れてしまって、争いごとがなくならない世界へと変わってしまったのだと思う。
現代では、生命の循環の事を、自然の摂理(せつり)とか、生物多様(せいぶつたようせい)という。
しかし、現代人は循環の仕組みによって生かされてきた事の実感も意識も薄い。
それでも生活ができているのは、そうできる近代的な仕組みを人々が英知と努力で築き挙げてきた成果である。
だが・・・科学で多くの事が解明され、解決できるという時代になったけれど・・・
自然は容赦なく地震、噴火、水害などの災害をもたらし、
人々はその力の大きさを前にしてほとんど無力だ。
そして人間の貪欲(どんよく)さは温暖化を起こし、世界的には食糧不足が生じ、資源が不足して、戦争が起こり、核事故まで起こし、かけがえのない地球を壊していく。
人間という存在は、大きな自然の循環の仕組みの一つとして、神様が必要なので生み出したのではなかったのか?
私の思いは、
人類の使命は、自然の摂理に従い、生命を循環させる生物多様性をよく理解して命あるものに貢献する事であると思います。
万物には神が宿る
神を畏(おそ)れ、敬(うやま)うという心をなくしてしまったら、人類は滅びると思います。
地元の津市立黒田小学校で、毎年6年生を対象に陶芸指導を受け持っています。
子供たちに創りたいテーマを提案してもらうと、ここ4年連続で【縄文】を希望しました。
4年前はテーマ「カップ、トロフィー」、次は「縄文仮面」、最近はは文様の表現を工夫しています。
毎回とても豊かで自由な想いが表現されていてすばらしいやきものが焼きあがります。
亀山文化年
三重県亀山市の基幹事業「亀山文化年」
H26から3年ごとに開催を目標に、各年ごとのテーマを掲げ、文化都市創造を図る事業の運営委員を務めています。
今回は、亀山の食の文化担当の実行委員を担当して「亀山茶学校」を提案しました。
やきものを関連つけて茶香炉を野焼きで製作することとなりました。
場所は、鈴鹿峠にある元 坂下小学校です。
現在は鈴鹿峠青少年の家として宿泊施設を完備したキャンプ地のような施設となり、夏休みは予約でいっぱいとなっています。