1459年(室町中期)真慧26歳
伊勢地方に布教の旅の時、黒田村
浄光寺(津市河芸町黒田)の僧
誓祐(せいゆう24歳)の案内で
赤部村(河芸町赤部)に辿り着き
食事を施された。
真慧はうまいうまいと言って驚くほど何杯もご飯をおかわりした。
その後まもなく、一身田に高田本山専修寺が出来ることとなった。
赤部村では真慧を偲んで命日には法会を営んで真慧の使ったお碗に飯を大盛りにして食べた。
今もそのお碗が浄光寺に伝わっています。
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赤部村で窯を持つ私は平成22年に真宗高田本山専修寺御影堂大法会の記念茶碗を、更に平成23年の開山聖人(親鸞聖人)七百五十回遠忌報恩大法会の記念香合〔笈〕を制作させて頂きました。
平成24年、河芸町赤部の窯元〔赤部焼〕は、このお話を元にお茶碗を作り焼いています。
赤部焼 松本尚(MATSUMOYTO TAKASHI)